令和8年6月 定例研究会 報告|池尾豊彦先生に学ぶ「血液循環療法」― ジワー・パッ押圧と、指圧との接点

血液循環療法 研究会 池尾豊彦先生 神奈川県指圧師会

令和8年6月28日(日)、相模大野の紡指圧を会場に、神奈川県指圧師会の6月定例研究会を開催いたしました。今回は血液循環療法の池尾豊彦先生をお招きし、会員が講義と実技にじっくりと取り組みました。ご講義くださった池尾先生、ならびにご参加の皆様に、心より御礼申し上げます。

血液循環療法という名前を初めて耳にする会員も少なくありませんでした。池尾先生は冒頭、こう前置きされます。

「最初に申し上げておきたいのは、『指圧より優れた療法がある』という話ではない、ということです。私自身、いまも仕事のほとんどは指圧で行っています。」

優劣の話ではなく、それぞれの特徴を知り、引き出しを増やす――その姿勢が、約70分の講義と実技を通じて一貫していました。本稿では、当日の学びを、血液循環療法の背景もまじえて詳しくご報告します。

目次

1. 血液循環療法とは ― その成り立ち

血液循環療法は、器具も薬も使わず、手指で患部やその周辺をやわらかく押圧して血液の循環をうながし、からだ本来の回復する力を引き出そうとする手技療法です。「血液の巡りが滞ったところに不調が起こりやすい」という考え方を土台に置きます(※団体・施術院による説明)。

その成り立ちは、いまから約100年前にさかのぼります。関係団体の歴史記述によれば、血液循環療法は1910年(明治43年)、貿易商であった小山善太郎(こやま ぜんたろう)が、自らの闘病体験をきっかけに創始したと伝えられています。長く病に苦しんだ小山が、山中で蔦(つた)が木に巻きついて樹液の巡りを止め、木を枯らしている様子を目にし、「木が樹液の循環で生きるように、人も血液の循環が要る」と着想した――という逸話が、団体側に語り継がれています(聖書のなかの逸話に着想を得た、とも記されています)。

※これらの経歴・創始エピソードは、いずれも血液循環療法の関係団体・施術院による伝承であり、第三者の歴史研究による裏付けが確認できているものではありません。小山善太郎の正確な生没年も、公的な記録としては確認できていません。

この手技は弟子へと受け継がれ、小山善太郎 →(二代目)村上先生 →(三代目)大杉幸毅(おおすぎ こうき)先生という系譜が伝えられています。現在は大杉幸毅先生が会長を務める血液循環療法協会(大阪府豊中市)や同協会の専門学院を中心に、セミナーや通信講座、症例の収集・編纂、書籍の刊行などが続けられています。池尾先生も、この流れのなかで血液循環療法を学ばれ、ご自身の指圧の臨床にいかしてこられました。

2. 講義レポート

2-1. 指圧との「出会い」と気づき

池尾先生は64歳で指圧学校に入学し、現在73歳。在学中は「全身指圧ができれば、からだ全体が良くなり、あらゆる不調が整っていく」と考えていたといいます。しかし臨床に出ると、同じ「腰が痛い」「膝が痛い」でも、人によって事情がまるで違う。その気づきの先で出会ったのが、血液循環療法でした。「治療と、気持ちよさ(リラクゼーション)とは別もの」という先輩の言葉の意味が、現場でわかってきた――という述懐が印象的でした。

2-2. 基本の考え方 ―「しこり」を探す

血液循環療法では、不調のある部位に「しこり」がないかをまず探します。「悪いところには、しこりがある」と考え、それを見つけて、周囲からやさしくゆるめていく。しこりがあると、その部分の毛細血管の流れが滞り、組織の働きが落ちて、結果として痛みやだるさにつながる――という見立てです。痛みの多くは筋肉に由来する、ととらえ、強く押し込んだり揉んだりはしないのが特徴とされます。

2-3. 指圧との違い① ―「ジワー・パッ」という押圧の波形

指圧も血液循環療法も、垂直に押す/しばらく持続する/指の力を抜き、体重で押すという点は共通しています。決定的に違うのは「離し方」だと池尾先生は説きます。

  • 指圧:ジワーッと圧を加え(漸増)→ 静止して保つ(持続圧)→ ゆっくり力を抜いて離す
  • 血液循環療法:ジワーッと加圧 → 持続 → 最後にパッと垂直に離す

イメージするのは毛細血管です。「毛細血管ですから、強く押しすぎれば切れてしまう。だから力はそれほど要りません」。流れを一度せき止め、パッと解放すると、滞っていた血液が一気に流れ出す。これを繰り返すうちに巡りが整い、しこりも周囲からほどけていく――という考え方です。本会のような指圧の専門家にとって、「持続圧までは同じ、最後のひと呼吸だけが違う」という整理は、非常に腑に落ちるものでした。

2-4. 指圧との違い② ― 炎症のとらえ方(RICEからPEACE & LOVEへ)

もうひとつの大きな違いが、炎症へのまなざしです。池尾先生は、応急処置の国際的な指針が近年大きく変わってきたことを紹介されました。これは血液循環療法とは独立した、スポーツ医学の一般的な知見です。

かつて主流だったRICE(Rest 安静・Ice 冷却・Compression 圧迫・Elevation 挙上)に対し、2019年に英国スポーツ医学誌(BJSM)でPEACE & LOVEという新しい枠組みが提唱されました。

  • PEACE(受傷直後):Protect 保護/Elevate 挙上/Avoid 抗炎症処置を避ける/Compress 圧迫/Educate 教育
  • LOVE(回復期):Load 適切な負荷/Optimism 前向きな心/Vascularisation 血流の促進/Exercise 運動

大きな変更点は、アイシングが必須要素から外れたこと、炎症はケガから回復する自然なプロセスととらえ直されたこと、そして心理面(前向きさ)や血流の促進が重視されるようになったことです。

※「アイシングは常に不可」という意味ではなく、推奨の枠組みが更新された、というのが正確な理解です。また、回復期に「血流の促進」が重視される点は血液循環療法の理念と表面的には響き合って見えますが、両者を学術的に結びつける根拠があるわけではありません。あくまで別個の知見として併せて紹介します。

出典:Dubois B, Esculier JF. Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE. British Journal of Sports Medicine 2020;54(2):72–73.

2-5. 圧の強さ ― 携帯電話ほどの軽さから

血液循環療法の圧は、指圧の感覚からするとかなり弱いものです。池尾先生は実物を手に、目安を示してくださいました。

  • 約100g=携帯電話ほどの重さ(もっとも弱いところ)
  • 約300g=それより少し強く
  • 約500g=ペットボトルほど

ただし「指の力を抜く」「体重で押す」点は指圧とまったく同じ。深いところのしこりに届かせたいときは、抜いた力を芯まで通すように配分を変える、という説明も、日々の臨床に通じる話でした。

2-6. 「指に力を入れず」の意味 ― 意思と心のはたらき

「指に力を入れずに」と聞くと、「では押せないのでは」と思いがちです。池尾先生は合気道のワークを用い、力を抜いても指やからだは強くいられることを体感させてくれました。腕を曲げられまいと力む人より、「遠くへまっすぐ伸びていく」とイメージした人のほうが崩れにくい。「まっすぐ進む」という意思を持つと、相手は止められない。意思や心の持ちようが、からだのはたらきに影響するという体験です。

さらに、ことばや気持ちの影響にも話は及びました。後ろ向きなことばを唱えると力が出にくく、前向きなことばでは力が出やすい。浪越徳治郎先生の「笑い」も、これに通じるのかもしれない――。「腹を立てたまま施術すれば、それが相手にも伝わってしまう。良い心持ちで臨むことを、私自身も心に刻んでいます」という一言は、技術の前に立つ施術者の姿勢として、会員の胸に残りました。

これは血液循環療法に限らず、指圧でも同じだと池尾先生は言います。しこりを探すときこそ力を抜く。強く押せば相手は無意識に身構え、奥のしこりまで届かない。力を抜けば相手もゆるみ、芯まで指が届く。「最初(ジワー)と最後(パッ)だけが指圧と違う。あとはゆっくり」と覚えてください、と。

2-7. しこりの探し方と、お腹への施術 ―「しこりマップ」

「全身くまなく探すのか」という疑問には、長年の経験からしこりのできやすい部位(好発部位)がほぼわかっており、それを一枚にまとめた「しこりマップ」がある、と紹介されました。膝の痛みならまず決まった点を順に確かめ、腰なら仙骨まわりや脊柱まわりを見る、というように、当たりがつけやすい。確認は二段構え――マップで見当をつけ、患者さん本人に「周りより痛い・違和感はありませんか」と尋ねる。両者が一致すれば、確信をもって進められます。

お腹への施術も、血液循環療法の大切な要素です。「浪越式では親指で行うことが多いですが、血液循環療法では親指で掴まず、力を抜いてサラッと行います。お年寄りなどにはそのほうが向いています」。

2-8. 施術の要点 ―「やりすぎない」「一度では戻る」

陥りがちなのは「しこりが消えるまでやりたい」という気持ち。しかし池尾先生は、しこりが無くなるまでやるのはやりすぎだと戒めます。「前より少しゆるんだところで止める。そのほうが、後からじわじわ血が巡って、もっと良くなっていきます」。目安は患者さんに尋ねること。そして、一度ではからだは元に戻りやすい(一週間ほどで大半が戻ることもある)。だからこそ、間を置かずに二回、三回と続けることが大切で、「良くなるには何回かかかります」と最初に伝えておくとよい、という臨床の知恵も共有されました。

3. 当日の実技

後半は、膝・腰、そしてお腹への押圧の実技デモに続き、会員同士での相互実技を行いました。指の力を抜き、体重でためて「ジワー」と加え、最後に「パッ」と離す――この一呼吸の感覚を、互いのからだで確かめ合う時間となりました。「軽く触れて、しこりを探り、確かめながら進める」という池尾先生の手つきを間近に見られたことは、会員にとって何よりの学びでした。

4. 全身しこりマップ

池尾先生から、施術の手引きとなる資料もご提供いただきました。ひとつは「おなか押圧のやり方」― お腹を順序立てて押圧していく手順と、症状に応じた押圧ポイントを一枚にまとめたもの。もうひとつは「全身しこりマップ」― からだの前面・背面に、不調と結びつきやすいしこりの好発部位を示したものです。いずれも、本稿2-7で紹介した「しこりマップ」「お腹への施術」を、実際の臨床で確かめるための手がかりとなります。

※これらの配布資料は本記事への掲載は控えています。資料そのものは、当日ご参加の会員にお渡ししたものをご参照ください。

5. 会員向け 動画アーカイブのご案内

当日の講義本編(約68分)実技デモ(約7分)を録画し、聞き取りやすいよう日本語のテロップ(字幕)を付けて編集しました。会員向けに共有しています(公開範囲は別途ご案内します)。当日ご参加になれなかった方も、池尾先生の「ジワー・パッ」の感覚や、しこりの探し方を、くり返しご確認いただけます。

むすびに

「指圧を否定するのではなく、その隣に置いて、引き出しを増やす」。池尾先生の血液循環療法は、私たち指圧の専門家にとって、見慣れた押圧をもう一度新鮮に見つめ直す機会になりました。持続圧までは同じ、最後のひと呼吸だけが違う――その小さな違いの奥に、血流、しこり、そして施術者の心持ちという、奥行きのあるテーマが広がっていました。本会では今後も、会員の研鑽に資する研究会を企画してまいります。


注記

  • 本記事は、当日の講義内容および血液循環療法に関する公開情報の紹介であり、特定の疾患に対する効果・効能を保証するものではありません。施術や健康に関するご判断は、医療機関等の専門家にご相談ください。
  • 血液循環療法の歴史・系譜・理念に関する記述は、関係団体・施術院による説明・伝承に基づくものです。創始者の生没年など一部は、公的記録としては確認できていません。

参考(主な出典)

  • 血液循環療法とは?(BCTA・歴史):https://sikori.jimdo.com/bcta/history/
  • 血液循環療法協会(大杉幸毅先生プロフィール):http://www.ketuekijunkan.jp/profile.htm
  • Dubois B, Esculier JF. Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE. BJSM 2020;54(2):72–73:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31377722/

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