令和8年7月 定例研究会 報告|田中功先生「おとっつぁんの指圧 ― じっくり向き合う「おもてなし」の手」

田中功先生が会員に向けて講義をしているようす

令和8年7月の定例研究会は、日本指圧協会 八南支部長の田中功先生(以下、田中さん)をお招きし、講義と実技にじっくり取り組みました。演題は「おとっつぁんの指圧 ― じっくり向き合う「おもてなし」の手」。ご講義くださった田中さん、ならびにご参加の皆様に、心より御礼申し上げます。

田中さんは、黒澤の同期。指圧学校時代からの長い付き合いで、同期のあいだでは親しみを込めて「おとっつぁん」と呼ばれてきました。東京・立川で治療院を開業され、一日に午前・午後おひとりずつ、たったお二人だけに施術をしぼって、お一人に3時間以上をかける――効率よりも、目の前のお一人に手をつくす、いまの時代にはめずらしいスタイルを貫いておられます。

田中功先生が会員に向けて講義をしているようす
講義のようす
目次

田中さんの歩み ― 59歳からの指圧

田中さんが指圧学校を卒業されたのは59歳。卒業から18年ほど、ご自身で治療院を始めてから12〜13年になります。それ以前は、柔道部の先輩の紹介で入った水道工事の世界に33年。「その頃が一番、自分の性格に合っていた」と振り返ります。

手を使って体を動かす仕事を長く続けてきたこと、そして「これからどうこうというより、地域に貢献したい。地元のお年寄りを少しでも健康にできればいい」という思いが、いまの施術スタイルの根っこにあります。

施術の考え方① ―「強く押せなければ、柔らかく押せない」

「強く押せなければ、柔らかくも押せない」

田中さんの主義は明快です。まず強く押せることが土台にあって、はじめて優しい圧もコントロールできる、という考え方です。

この背景には地域性もあります。田中さんの治療院がある立川・砂川あたりは、農家や植木屋さんが多い土地柄。畑仕事で鍛えられた頑健な体の方が多く、中途半端な圧では緩まない。だからこそ、力(ちから)を込めた指圧も含め、いろいろな角度から、数多く、そしてゆっくりと押していく――そうやって体に向き合ってこられました。

施術の考え方② ― お一人に、たっぷり時間をかける

田中さんの施術は、午前にお一人、午後にお一人だけ。お一人あたり3時間プラスアルファをかけます。途中でトイレ休憩を挟みながら、頭(首)の付け根から下へ、じっくりと時間をかけて全身をゆるめていきます。

来られる方はほとんどが顔なじみのリピーター。開業当初から12年以上、毎月通い続けている方もいます。「次はいつ」と田中さん自身が次の予約日を決めていく――そんな、地域に根ざした細く長いお付き合いが続いています。

実技デモ ― 首から肩、腰まで

後半は、会員を相手にした実技デモへ。田中さんの手の運びを、間近で見せていただきました。

【首・後頭部】

後頭骨の生え際(上項線)のあたりから当て、5本ほどの線に沿ってゆるめてから首に入ると、首がよくゆるむ。後頸部は、頸椎の際(きわ)を45度くらいの角度で、ゆっくり中に押し込む。強く押さず、肩に手を乗せて自重で、時間の中で筋肉に入れていく。

伏臥位の会員の後頭部から首にかけて指圧をする田中功先生
後頭骨の生え際(上項線)のあたりから当て、線に沿ってゆるめてから首へ

【肩甲骨まわり】

肩甲骨の上部と鎖骨の間、棘上筋・棘下筋、肩甲棘に沿って。垂直にこだわりすぎず、必ず鎖骨と肩甲骨の際まできちんと運ぶ。深い層を意識して押し込む。

片手で肩甲骨を固定しながら肩上部を指圧する手技
片方の掌で肩甲骨を固定・やや引き上げ、肩上部に圧を浸透させる。肩甲挙筋、棘上筋、僧帽筋上部
棘下筋を軽い圧で指圧する手技
棘下筋の指圧。棘下筋は強くおすと痛いので、軽い圧でよい。

【脇の下】

師である上野先生の教えで、「肩のコリは脇で取る」。大円筋・小円筋のあたりを脇の下3列でゆるめると、指先までビリビリと響き、肩こりや肩の痛みが軽くなる。肩から流れてきた血液が肘で詰まりやすいので、肘・手首までよく流す。

大円筋・小円筋など肩甲骨外側縁を指圧する手技
大円筋・小円筋など肩甲骨外側縁もしっかりと
母指を三角筋の起始に、四指を腋窩に当てて操作する手技
母指を三角筋の起始、四指を腋窩。母指圧で三角筋を指圧しつつ、四肢も併用し肩関節の関節包内運動を併用しリリースさせる
両手四指で腋窩の前面と後面を擦過軽擦する手技
両手四指を用い、腋窩とその前面(烏口腕筋、上腕二頭筋、棘上筋、三角筋前部、大胸筋、小胸筋)、後面(大円筋、小円筋、棘下筋、上腕三頭筋)を擦過軽擦+牽引。肘・手首までよく流す。
肘関節をやや伸展位にして上腕から前腕を擦過軽擦する手技
片手を手首に持ち替え、肘関節をやや伸展位。上腕から前腕までを擦過軽擦。浅い層では結合組織や筋膜、やや深く筋線維。肘関節の角度を変えることで筋筋膜の緊張度が変化する。適切な角度を感じつつ擦過することで、緊張を効率良くリリースできる。
手首を持ち替えて伸筋支帯と屈筋支帯に押圧する手技
両手を手首に持ち替え、伸筋支帯、屈筋支帯に押圧。上肢を振ったり、手関節を振ったりする(しゃくる)。また母指圧をやや突き上げ、四指を牽引させることで手関節を離解させる動きもあった。

【腰・お尻】

腸骨稜の上下、L5から仙骨・尾骨のあたり、坐骨結節。大殿筋を意識するところから、より深い中殿筋へ。腰で押せないところは体押し・手押しに切り替え、呼吸に合わせて(息を吐いたときに)押すと抵抗が少ない。強く「えいえい」と押すのではなく、力を抜いて体重でためる。

指尖で腰部を深く指圧する田中功先生
腰部の指圧。腰部は指尖でないと深く響かせられないとのこと。腰部の最下部(肩甲下部10点目)は、①やや頭方に突き上げ組織を延ばすように押す → ②真下に垂直に押す → ③骨盤のほうにやや下向きに押す の3段階の押し方。

通常の圧法の他、脊柱起立筋を外側からやや内側にスライドさせるような押し方や、左右にバラす手技も披露してくれました。

指尖で殿部を深く指圧する手技
殿部も指尖で深く入れる。仙骨のキワなども重視して、殿部全体をしっかりリリースしていた。
骨盤を左右に揺らしながら鼠径靭帯を四指で擦過する手技
骨盤を左右に揺らしながら、鼠径靭帯を四指でスライドさせるようにしてリリースさせる
腸骨稜上部に手根圧を加えながら坐骨結節を押し上げる手技
腸骨稜上部に手根圧を加えつつ、坐骨結節を上方に押し上げ骨盤全体を圧縮させるように操作

一貫していたのは、指の力を抜き、体重・自重で、ゆっくり時間をかけて、何度も違う角度からという手の使い方です。深く届かせたいときには足を使って押すこともあり、「手で決めて、足でためる」ように長く押し続けられる、といった工夫も披露されました。

師・上野先生の教え ―「半分にして返す」

田中さんが繰り返し口にされたのが、師の上野先生の教えです。

「10の痛みで来られたら、最低でも半分の5にして返さないといけない」

楽にして返せてこそ、という考え方。強い刺激で攻めるのではなく、受け手が楽になって帰れることを大切にする姿勢です。

おもてなしの心 ― 来ただけで、元気になって帰る

田中さんの指圧を貫くのは、技術以上に「おもてなし」の心です。

  • 地元の言葉で:「いらっしゃいませ」ではしっくりこない。「ああ、いいじゃん」「もう少し頑張ってくれよ」――生まれ育った土地の言葉が、そのまま患者さんとの距離を縮めます。
  • お茶と、間(ま):来られたらまずお茶を一杯。外と室内の温度や感覚をなじませてから始め、終わってからもゆっくり落ち着いてもらう。「目が落ち着いたな」と思ったら、お帰りいただく。
  • 外へ出る時間を:農家の奥さんには、なかなか家から出られる時間がない。「今日は田中君のところへ行ってくる」と半日出かけられる、それだけでも気晴らしになり、疲れが取れる。リラックスしてもらうことこそ大切、と。
  • 施術者自身が元気であること:「自分が強くなければ、弱っている人は助けられない」。良い心持ちで臨むことが、そのまま相手に伝わる、という姿勢です。

相互指圧へ

最後に、会員からの「浪越の基本の型どおりに順にやるのか、それともどこから入るのか」という問いに、田中さんは「私は型どおりにはやりません。首から始めて、最後にお腹、あとはストレッチや体操で終わります」と応答。うつ伏せ(腹臥位)から仰向け(仰臥位)へという流れや、ご高齢の方への配慮についてもお話しくださいました。

その後、希望者が会員同士でペアになり、田中さんに見ていただきながらの相互指圧へ。「さっきやったやり方で、腰・肩甲骨・背中を」と、順番に田中さんが回って手を添えながらの実習となりました。

研究会 動画アーカイブ

当日のようすを録画し、動画アーカイブとして公開しています。当日ご参加になれなかった方も、田中さんの手の運びをくり返しご確認いただけます。

参加者

令和8年7月定例研究会の参加者による集合写真
参加者(順不同) 田中功、齋藤良知、野田千種、黒澤一弘、中溝誠吾、熊坂雅之、石井美和子、圓岡才明、清水直紀、三宅志帆

本記事は、会報「指の泉」第488号(令和8年8月1日発行)掲載の記事をもとに再構成したものです。

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