指圧讃歌
作詩 三石勝五郎 作曲 浜田侃
開けば天地の華かおり
握れば神秘のかぎかくす
流れ流れて先祖の血
我が手に通う尊さよ
五本の指はつながりて
一つ心に脈うてば
今日の息吹のあらたかさ
五体調和の応えあり
沢山咸は易の道
その拇に感ず拇に感ず
指圧の心 母ごころ
おせば生命の泉わく
日月あいおり時は往く
陰陽あい和し雲晴るる
我を忘れて押す指に
ひびくは奇しき力ぞや
■ 指圧讃歌 作詞者 三石勝五郎の生涯
三石勝五郎(みついし かつごろう)は明治の終わりから昭和の時代にかけて活躍した詩人であり、また易者としても知られています。彼は1888年、長野県の自然豊かな山里に生まれました。幼い頃、12歳のときに母親と離れるという悲しい経験をしましたが、その寂しさを癒すように自然の中で過ごすことが多くなりました。そのためか、いつしか自然をとても大切に思うようになり、「山河と親しみ、自然詩人の心を育んだ」と言われるほど、自然とのつながりを深く感じながら生きていきました。
早稲田大学では英文科に入学し、西洋文学の幅広い教養を身につけましたが、一方で故郷にいた教育者・保科百助(号:五無斎)の考え方にも深く影響を受けました。保科の教えである「何も所有しない無一物の生き方」や「労働をお金に換えることなく奉仕する精神」を若いうちに学び、自分の人生にしっかり取り入れていきました。
大学を1913年に卒業したあと、新聞記者や出版社で働きましたが、1922年、西田天香が主宰する京都の宗教的共同体「一燈園」に入りました。一燈園での生活は托鉢や労働奉仕が中心で、「孤独や放浪を通じて自然と一体化すること」を目指す日々を送りました。この期間に彼は自分の経験や気持ちを詩にして『散華楽』(1923年)という詩集を発表しました。一燈園の生活の中で、西田天香の教えである「議論を重ねるより、まずは行動をする」という生き方を深く学び、自らの人生を謙虚に歩んでいきました。また、生涯を通じて「童心を失わず、純粋で飾らない人柄」を保ち続けたため、その姿が江戸時代の詩人で僧侶の良寛になぞらえて、「昭和の良寛」とも称されました。
一燈園を退園したあと、三石は東洋大学に進み、易経(周易)を深く学びました。その後、東京の伝通院前の大黒天境内に「福門堂易断所」を開き、易者として人々の悩みに耳を傾け、生計を立てるようになりました。易経は彼にとって思想の中心であり、自然の哲学に基づいて「人間の感情や私的な思いを入れず、自然の法則に素直に従うこと」を大切にしました。特に易経の第31卦「咸(かん)」の考え方に深く感動し、「感」という漢字からあえて「心」を取り除いた「咸」を用いて、人間の心情を超えた、自然との純粋な一体感を大切にしました。
さらに、三石は自分の生まれ育った郷土を生涯愛し続け、地域の歴史編纂や唱歌の作詞を手掛けるなど、地域文化の振興にも大きく貢献しました。特に昭和30年代には、長寿会の会歌である「神州長寿讃歌」の作詞を行うなど、地域社会や福祉活動への関心を積極的に示していました。
詩人としても多彩な活動を行い、『火山灰』や『佐久の歌』など、数多くの作品を世に送り出しました。晩年まで長いあご髭を蓄え、易者・詩人として人々から親しまれ、1969年にはテレビ番組に出演し、指圧療法の浪越徳治郎と対談を行いました。その中で自らが作詞した「指圧讃歌」について語り、その詩の中に込められた深い意味を伝えました。
「指圧讃歌」は、易経の哲理と指圧療法の精神が美しく融合した詩であり、特に「指圧の心 母ごころ/押せば生命(いのち)の泉湧く」というフレーズがよく知られています。この言葉は指圧療法が持つ母性的な優しさと、人が本来持っている自然治癒力を呼び覚ます力を表現したもので、現在でも多くの指圧師にとっての指針となっています。
三石勝五郎の詩情豊かな表現や思想は、東洋医学や指圧療法の世界に大きな影響を与えました。専門的な知識をわかりやすく、温かみのある言葉で伝えたことで、専門家のみならず一般の人々にも広く親しまれるようになりました。彼の唱えた理念は、現在も指圧療法を学ぶ人々の基本的な考え方となり、心と体を一体として捉え、癒していく東洋医学の思想を支える礎となっています。三石が残した自然への敬意と人間への深い愛情、そして穏やかで純粋な感性は、今なお指圧師をはじめ、多くの人々の心に響き続けています。
■ 指圧讃歌の歌詞の考察
開けば天地の華かおり
握れば神秘のかぎかくす
流れ流れて先祖の血
我が手に通う尊さよ
この詩の始まりは、私たちの手の中にある力と、その力が先祖からずっと受け継がれてきたことへの感謝を表しています。手を開けば、まるで自然からの恵みや優しさを感じ取れるようです。手を握れば、目には見えない生命の神秘をそっと包み込むような気持ちになります。その流れは昔から今に至るまで、私たちが共有している「いのち」のつながりです。指圧を行うとき、その尊い流れを手で感じることで、私たちは自分が自然の一部であることに気づき、謙虚で感謝に満ちた気持ちになります。
五本の指はつながりて
一つ心に脈うてば
今日の息吹のあらたかさ
五体調和の応えあり
一本一本バラバラに見える指も、実は心を通じてつながっています。その心がひとつになると、私たちの呼吸や血の流れ、心のリズムまでひとつにまとまります。指圧はその「気」の流れを整え、体と心が調和するのを助けてくれます。その背後には、人の命をひとつに響かせようという優しい思いがあります。この考え方は、世界中のさまざまな伝統的な癒しの方法でも共通しています。体が整うと心も静かになり、その静けさが周囲との調和を生み出します。そうやって人と自然が一緒に生きる喜びを分かち合う第一歩になるのです。
沢山咸は易の道
その拇に感ず拇に感ず
指圧の心 母ごころ
おせば生命の泉わく
ここでは「沢山咸(たくさんかん)」という言葉が出てきます。これは「感応」——つまり互いが感じ合い、響き合うことを意味しています。指圧は親指を通じて相手の生命のエネルギーを感じ取り、それに心を寄せていく技術です。指圧の根っこにあるのは、「母ごころ」のような優しさ。自分のためではなく、相手を思う気持ちで触れるとき、相手の体の奥底から、まるで泉が湧き出るように元気が生まれてきます。その瞬間、互いの命が響き合い、施術をする人自身も癒されるのです。
日月あいおり時は往く
陰陽あい和し雲晴るる
我を忘れて押す指に
ひびくは奇しき力ぞや
太陽と月、昼と夜のように、陰と陽は世界のリズムを作り、調和をもたらしています。指圧をする人は、自分自身を忘れ、ただ純粋に相手の命に寄り添います。その無心の境地から不思議な力が生まれてきます。これは世界中の多くの教えでも語られる、「自分を捨てて相手を大切に思うこと」の素晴らしさです。その気持ちこそ、本当の思いやりの始まりなのです。
■ 参考文献・出典
・ 三石勝五郎『指圧讃歌』歌詞
・ 浪越徳治郎『おやゆび一代』所収エピソード
・ 宮澤康造編『三石勝五郎 人と作品—昭和の良寛』解説
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